せんねんより御ふれふみ 二巻之内 下


一、頼朝公之御判有之湯屋・風呂屋ハ傾城屋
  之下ニ可付、人形舞浄瑠理語ハ傀儡師
  之下ニ付ケ、雪踏作・草細工膠を遣類ハ
  皆々弐十八番之可為下也、従 頼朝公
  御諱名字被下有指図、是鎌倉
  住人藤原頼兼周左衛門
    寛文七丁未年三月二日

右二月廿二日於江戸金剛太夫勧進能有之候、
則従廿三日天気悪敷、同廿八日y始り、以上四日
なり、諸大名之桟敷八十軒、舞台并楽屋已下
讃岐守御取持ニて結構事也、初日ニハ子細
なく能仕り候、太夫y兼而周左衛門方へ
案内不届申候ニ付、舞台打破と申、廿八日
之朝諸大名衆丁人貴賤群集之所へ、能初り
可申時分ニ周左衛門手之者五十人余引具、
武具を帯、上下ニ而舞台へ登り、犬之
皮廿枚積置、楽屋へ使を立て言ク、

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