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月度報告書(2014年11月度)有田豊

有田豊


11月に入り、ボローニャも少しずつナターレ Natale(クリスマス)の様相を呈してきた。市内各所がイルミネーションで彩られ、クリスマス関連の商品が雑貨店等に並び、中心部のネットゥーノ広場 Piazza del Nettuno には大型クリスマスツリーが設置された。報告者は学生時代にフランスへ留学していたこともあり、ヨーロッパでクリスマスを過ごすのは今回で3度目となるが、その華やかさは、フランスでも、イタリアでも、大きく変わらないようである。

【ネットゥーノ広場の大型クリスマスツリー(設置作業中)】
 

【ボローニャの老舗チョコレート店マイアーニ Majani のディスプレイ:
キリスト降誕の場面を再現したこの模型は「プレゼピオ」presepio と呼ばれ、ナターレの時期になると各所で見られるようになる】
 

ドイツからイタリアに帰国した直後、報告者にとって非常に喜ばしい出来事があった。以前から懇意にしているヴァルド派研究協会の現会長かつ近代史研究者のスザンナ・ペイロネル Susanna Peyronel 氏から連絡があり、2015年9月5-6日に開催予定の研究発表会に研究報告者として招聘されたのである。来年の研究発表会の全体テーマが「ヴァルド派のアイデンティティの過去と現在」L’identità valdese tra passato e presente に決定され、類似する研究を進めている報告者に白羽の矢がたったらしい。

送られてきた資料に目を通すと、中世から今日に至るヴァルド派のアイデンティティを、時代ごとに専門家が分析するという内容構成になっている。その中には「外部の視点からみたヴァルド派のアイデンティティ」なるテーマの担当者として Yutaca Arita の名前が含まれており、ヴァルド派から精神的/物理的に離れた立場にいる研究者として、これまでの研究から得られた見地に基づいて、ヴァルド派のアイデンティティを分析してほしいとのことだった。

この場で研究発表することは、ヴァルド派を専門する報告者にとって学生の頃から是非とも実現したかった目標であるため、二つ返事で依頼を受けることにした。ムッツァレッリ教授に報告すると殊の外喜んで下さり、さらには発表の内容構成を考えるにあたって様々な助言を下さった。イタリアにいる間に準備を進めていくよう指示を受けたので、これから少しずつ内容を練っていくつもりである。

【今年のヴァルド派研究発表会で開会の挨拶をするペイロネル氏:来年は同氏も報告予定である】
 

ドイツから帰国してすぐ、発表成果を報告するためにムッツァレッリ教授の研究室を訪れた際、今月ボローニャで開催予定の各種研究会等の案内をいただいた。

まず11月5日、ボローニャ大学付属のポッジ宮博物館 Museo di Palazzo Poggi の一画に日本美術常設展示室が開設、同日夕刻に開設記念式典が挙行されたので、原田氏と共に臨席した。式典にはムッツァレッリ教授のほか多くの関係者が詰めかけており、主賓席にいらっしゃった駐伊日本大使の梅本和義氏も日本語で式辞を述べていらっしゃった。この度、常設展示されることになった美術品は、医師であり作家のカルロ・コンティーニ氏Carlo Contini (1919-2012) が日本出張の度に蒐集したものであり、その死後、彼の遺族から当博物館に寄贈されたらしい。式典の後、展示室が早速一般公開された。そこでは19世紀から20世紀にかけて作られた木版画や和食器などを間近で見ることができた。本展示室は月曜日を除いて毎日開室、火~金は10時から16時、土~日は10時半から17時半の時間帯に見学できるようになっている。

【ポッジ宮博物館・日本美術常設展示室の開設記念式典】
 

11月21日、この日はボローニャ大学歴史学科のキャンパスで、中世説教に関する研究書3冊をめぐる合評会兼討論会が実施された。うち1冊に、ムッツァレッリ教授監修の From words to deeds : The Effectiveness of Preaching in the Late Middle Ages(言葉から行動へ――中世後期における説教の有効性)なる論文集があり、これには大黒俊二教授と前被派遣者の木村容子氏も寄稿なさっているため、報告者も事前に目を通して参加した。

会の流れとしては、数名のプレゼンターが各研究書の内容を紹介、簡単な質疑・応答がなされた後、全体討論をするというもの。基本的に討論では、当時の説教がどのようにしてなされ、どのような社会的効果を世にもたらしたかという「説教が持つ有効性」にスポットが当てられ、キリスト教と中世社会(都市)の関係を読み解くツールとしての説教をめぐって議論がなされた。途中休憩の間、報告者はフィンランドのタンペレ大学から来校していた参加者の一人ユッシ・ハンスカ氏 Jussi Hanska と話をする機会に恵まれ、スカンジナヴィア地域における中世末期の説教に関する知識を提供していただいた。

【説教による社会―最新研究と新たな視座:Una società dalla predicazione: studi recenti e nuove prospettive】
 

研究活動とは少し離れるが、今月は何かと「日本」に触れる機会が多かったように思う。

はじまりは、ボローニャ大学における外国人留学生とイタリア人学生の交流企画の一つ「バベル・ナイト」Babele Night に遡る。これは、イタリア語以外の言語を母語とする留学生と、言語を勉強している/他国の文化に興味があるイタリアの学生が一同に会して言語タンデムを行うというイベントである。

システムとしては、会場に各国の母語話者の集まる部屋が予めいくつか用意されており(フランス語の部屋、ドイツ語の部屋……など、母語話者の参加人数によって開設の有無が決まる)、参加者は受付で出身国の国旗ステッカーを受け取って衣服の上に装着、各国語の部屋へと自由に移動、交流するというシンプルなもの。留学生にはイタリアの友人ができ、イタリアの学生には外国の友人ができるという相互メリットがあるため、毎回100人以上の参加者が詰めかける人気企画となっている。報告者は第1回(9月25日)から当該企画に参加しているが、日本語母語話者の参加数は少ないのか「日本語の部屋」は一度も設置されてこなかった。しかし、今月になって初めて「日本語の部屋」が開設され、図らずも同邦の留学生と交流する機会を持てたのである。

【Babele Night:ロシア語(左のグループ)&日本語(右のグループ)の部屋】
 
(Cf. http://www.letterebeniculturali.unibo.it/it/babele?target=studenti-internazionali)

さらに今月は、ボローニャ大学の外国語学部・日本語科で教鞭をとる友人フランチェスコ・ヴィトゥッチ氏 Francesco Vitucci の授業を見学する機会にも恵まれた。氏は「マルチメディアにおける翻訳」を専門分野とする若手研究者であり、2006年に一橋大学で博士号を取得した後、非常勤講師としてイタリア国内の大学で日本語を教えている。同じ外国語教師としてボローニャ大学の日本語教育事情に興味があった報告者は、彼に依頼して日本語の授業を見学させてもらうことにした。

ボローニャ大学でのヴィトゥッチ氏は、学部1~3回生の「文法」および「購読」の授業を担当している。報告者は今回、2回生の文法、3回生の文法と購読の授業それぞれに参与し、日本語を学ぶイタリアの学生たち、ならびに当該授業を履修する日本からの留学生たちと交流してきた。文法では『みんなの日本語』が、購読では伊藤左千夫の小説『野菊の墓』が教材として用いられており、文法訳読法に基づく授業が進められていた。日本語担当の講師は他にも数名いらっしゃるとのことなので、また機会があれば授業見学させてもらい、参考になる部分は日本で行う自身の授業にも活用できればと考えている。

【ボローニャ大学日本語科授業風景(文法)】
 

月末には、ヴィトゥッチ氏から誘われる形で、日本映画の観賞会に行ってきた。ボローニャ郊外にあるコムーネの一つサン・ラッザロ・ディ・サーヴェナSan Lazzaro di Savenaで開催されたこの日本映画鑑賞会は、「TAKAMORI」なる非営利文化協会によって運営されているもの。イタリアでの日本および極東文化の普及を目的とする当該文化協会は、鹿児島県の霧島市国際交流協会の協力の下、映画鑑賞会のみならず日本語や日本文化に関する様々なワークショップを一般向けに提供しており、日伊文化交流の仲介役を担っている。協会名の TAKAMORI は、鹿児島もとい旧薩摩藩が輩出した武士「西郷隆盛」の名に由来するらしい。

観賞会では『南極料理人』(2009年)なる日本映画が上映されていたのだが、驚いたことに映画内で表示されていたイタリア語字幕は、全てボローニャ大学日本語科の学生たちの手によって付されたものだという。ヴィトゥッチ氏自身の翻訳研究と日本語教育の実践を「日本映画観賞」という形で市民に還元する……このように、教育を大学の中だけで完結させてしまうのではなく、外に向けて成果を発信するという対外的な取り組みを行っている点には、非常に感心させられるものがあった。日本に帰国後は、ぜひ自身の授業にも取り入れたいところである。

【隆盛日本映画観賞会 Festival del cinema giapponese Takamori】
 

イタリアに来て半年が経ち、当初は何かと苦労が絶えなかったが、ようやくボローニャやイタリアの空気にも馴染めてきたように思う。腰を落ち着けて研究に励む一方、来月は再びヴァルド派関連の土地を目指して、南イタリアへと調査に向かう予定である。

2014/12/12 16:00