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制作者からのメッセージ
     
  Arai Kazuhiro
新井 一寛(アライ カズヒロ)
 
     
  【プロフィール】  
 
1975年、埼玉県生まれ。現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程 在学中。専門は、地域研究、宗教学、人類学など。現代エジプトのイスラーム、タリーカ(スーフィー教団)を特に対象としている。
 
     
  ■制作者からのメッセージ  
 

スーフィー教団の研究で分析・記述ともに最も難しいのが、宗教実践、儀礼における人々の感情の発露や意識変容に関してです。今回の作品は、映像媒体を使用してそれらを表現する試みによるものです。この作品自体がひとつの説明的で完結した「民族誌的映画」となっていないのは、今回は上記の問題関心に集中した作品を制作したかったためです。今後は、よりオーソドックスな「民族誌的映画」の製作も行っていくつもりです。また、他の複数のスーフィー教団の宗教実践、儀礼も撮影しているため、今後は比較研究のための実証的資料とするのに有効なアーカイブスの作成なども行っていくつもりです。ちなみに、作品をご覧になってスーフィー教団に興味をもたれた方、より詳しい説明をご希望になった方は、拙稿を読んでいただきたく思います [作品解説]の(参考文献)に記載)。

 
 

 

*参考サイト
「現代中東イスラーム世界・フィールド研究会」
http://islam-field.hp.infoseek.co.jp/islam-field.htm

 
 

 

 
  【作品解説】  
 
新井一寛
 
 

タリーカ(スーフィー教団)は中東地域において12〜13世紀に形成され始めたとされています。タリーカとはアラビア語では元来「道」を意味しますが、スーフィズムの文脈ではそれが転じて「修行道」、「スーフィー教団」を示す用語となっています。現在では、欧米からアフリカやアジアの全域に渡る広範囲で、タリーカは活動を行っています。その中には、土着的なものから国際的なネットワークを有するものまで様々な教団があります。タリーカは、その教団組織形態に関しては様々な議論がなされていますが、基本的には、シャイフ(師匠)のもとでアッラーとの合一を目指すためにズィクル(祈祷)などの宗教実践を行う人々の集まりと考えてよいでしょう。

現在のエジプトでは、1970年代以降からのイスラーム的価値の見直しの潮流が一段落した後、そこで見直された「正しい」イスラームが「日常化」していると考えられます。またその一方で、日本などにおけるポスト・モダン的な価値相対主義的状況に移行する気配はみられませんが、それに相応するものとしては、伝統的なイスラームの知的枠組みが相対化され「イスラーム的知の価値相対主義」が指摘できると思います。つまり、従来多くの人々が「正しい」と思っていたイスラームだけではなく、イスラーム教徒のニーズに応じていろいろな「正しい」イスラームが現れてきました。そのため、経済格差や教育程度の差に規定されるかたちで、よきイスラーム教徒になるため、また信仰(=存在)の不安を解消するためのチャンネルの多様化が生じていると思われます。具体的には、日常化現象を顕著に表していると考えられるヴェールの「ファッション化」や、宗教グッズの氾濫などにみられる商品に託された信仰現象の発生と同時に、非イスラーム法学者(ウラマー)の説法師の人気上昇、地元の非イスラーム法学者の宗教的知識人を中心とした寄り合い的なイスラーム学習会の形成、聖者の再生産などが生じています。そうした状況下、本作品で扱うタリーカも新たな展開を見せています。

19世紀末以降、タリーカに関する法整備によって、現代エジプトのタリーカは中央集権的教団組織形成が義務付けられ、宗教実践に関しても開催場所や楽器の使用などに関する規制が進みました。また、人々のスーフィズムの需要にも変化が生じています。東長によれば、スーフィズムは神秘思想と倫理、民間信仰を包含していますが[東長靖 1990]、現代エジプトにおいては、高学歴者を中心にスーフィズムの知的・倫理的側面が出版物を通じて需要され、呪術的行為やトランスなどは忌避される傾向が強くなっています。つまり、スーフィズムの有する民間信仰的要素を伝統的に担ってきたタリーカは、彼らが実践する呪術的行為やトランスを中心に、迷信、前近代の遺物、非イスラームとして嫌悪される傾向が生じています[大塚 2000]。

こうした状況下、国家的要請である中央集権的教団組織の形成に遅れをとるものやアソシエーション的形態を維持するもの、覚醒状態や理知性を重視しイスラーム法志向が強いもの、激しい感情的行為を抑制し規律を重視するものなど様々なタリーカが時代対応的に活動を行っています。例えば、最も新しい展開として注目できるのは、本作品で主に扱っている、20世紀半ば以降に活動を開始したジャーズーリーヤ・シャーズィリーヤ教団です。同教団は、モダニストやイスラーム主義者が提示する、理知性を重視し近代性と類縁性があるイスラームや思弁的なイスラームでは満足できないが、教団戦略も交えて、近代性を積極的に評価・実践しながら、トランスや感情的発露を通じた宗教的欲求の充足を望むイスラーム教徒に応じた存在論のチャンネルを提供しています。

 
  ■参考文献  
 
新井一寛 2004a 「現代エジプトにおけるタリーカ(スーフィー教団)概観」『地域研究スペクトラム』10、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(連環地域論講座)。
  2004b 「タリーカにおける組織的革新性と宗教的感情の発露−現代エジプトにおけるジャーズーリーヤ・シャーズィリーヤ教団の事例を通じて−」『日本中東学会年報』20・1。
  2006(予定) 「マウリド(生誕祭)におけるタリーカ(スーフィー教団)の祝祭性と非祝祭性−現代エジプトにおけるジャーズーリーヤ・シャーズィリーヤ教団の活動状況から−」『宗教と社会』12。
大塚和夫 2000 『近代・イスラームの人類学』東京大学出版会
東長靖 1999 「「多神教的」イスラーム−スーフィー・聖者・タリーカをめぐって−」『社会的結合と民衆運動』歴史学研究会編、青木書店:192-220
  2002 「スーフィズムの分析枠組み」『アジア・アフリカ地域研究』2:173-192
 
     
 
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