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頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム~EU枠内外におけるトランスローカルな都市ネットワークに基づく合同生活圏の再構築

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月度報告書(2013年9月度)木村容子

木村容子


9月5日、本プログラム「EU域内外におけるトランストーカルな都市ネットワークに基づく合同生活圏の再構築」主催の合同セミナーがボローニャ大学歴史学科でおこなわれた(詳細は、こちら)。大阪市立大学からは大場茂明教授、大黒俊二教授、北村昌史教授、海老根剛准教授、前田充洋氏、金恵里氏、木村(筆者)が参加した。

ムッザレッリ報告の内容は、そのタイトル‘One More Institution, One Less Collaboration’に端的に示されている(写真1)。15世紀イタリア諸都市では、フランチェスコ会説教師たちの奨励によって庶民に低利で金を貸す公益質屋が次々と設立されていき、公益質屋はユダヤ人から経済的機能を、部分的にせよ、奪い去ることで、それまで200年間続いたキリスト教徒とユダヤ人の共存関係を変容させる一つの契機となったという。上記の公益質屋の設立にみられるように、中世後期のヨーロッパでは説教師が都市から都市へと地域を越えて移動しながら説教し、市民生活に深く影響を与えた。

木村報告は、人気説教師の陰に隠れて姿の見えにくい、数の上では大部分を占めた「普通」の説教師の活動を再構成すべく、四半世紀にわたって自身の遍歴説教を記録した15世紀のある無名フランチェスコ会説教師の日誌を分析した(Biblioteca comunale di Foligno, Ms. C. 85)(写真2)。日誌の記述からは、年代記や聖人伝に描かれる人気説教師の華々しい姿とは大きく異なる、都市民の都合で説教の中止や短縮を求められる一遍歴説教師のリアルな姿が浮かび上がった。


写真1


写真2

続くデルコルノ報告は、北イタリアの都市ローディで15世紀末に作製されたフレスコ画の意味を読み解いた(写真3)。この聖フランチェスコ教会のフレスコ画には、中世イタリアを代表する名説教師ベルナルディーノ・ダ・シエナの人生が描かれている。デルコルノ氏が注目したのは、修道会に入る以前のベルナルディーノが施療院でペスト患者を看護し、他の市民にも施療院への貢献を求めた場面である。この図像は都市当局が既存の中小の施療院を新たに大規模な施療院に統合しようとするなかで描かれたもので、施療院統合を推し進めるために人気説教師の聖性が政治的に利用されたことを物語っているという。

最後に大場報告では、現代ドイツにおけるトルコ系移民のネットワークがデュイスブルグ市マルクスロー地区の事例に焦点を当てて考察された(写真4)。報告では、市の都市再生プログラムに関して、移民の広域ネットワークを活かした地域経済の活性化を目指す取り組みや、入口を別にすることでモスクを地域のコミュニティ・センターとしても機能させるといった、移民の社会統合のためのユニークな工夫が紹介された。


写真3


写真4

上記4名の報告の後、全体討論が大黒俊二教授の司会で進められた。とりわけムザレッリ報告と大場報告に多くのコメントが寄せられ、共同体における「他者(ユダヤ人/トルコ系移民)」との共存、その際に「他者」が担う経済的機能の重要性に関して参加者の間で活発な議論が交わされた。

大黒教授からの中世ユダヤ人共同体のトランスローカルなネットワークの存在を指摘するコメントを受け、デルコルノ氏からは地域を越えた人々の活動として中世ヨーロッパにおける学生や地中海におけるイタリア商人のような例が挙げられ、さらに議論が広げられた。また筆者の報告に対しても先生方から貴重なご意見をいただくことができた。このような有意義な成果報告の機会を与えていただき、この場を借りてお礼申し上げます。

9月9日から11日にかけて、中世後期文化研究財団Fondazione Centro Studi sulla Civiltà del Tardo Medioevoの主催でピサとフィレンツェの中間にある町サン・ミニアートでおこなわれた中世史のセミナーに参加してきた。7月の報告書で述べた通り、セミナーの今年の全体テーマは「都市空間と信仰生活」であった。午前中は教授方の報告、午後は筆者を含め12名の奨学生の報告がおこなわれた(写真5:ピサ大学ロンツァーニ教授の報告)。午前の報告のタイトル一覧はこちら、午後の報告のタイトル一覧はこちら


写真5

セミナー参加者の多くは開始日の前夜から開催場所でもあるフランチェスコ会の修道院に宿泊し、食事を含めて朝から晩まで共に過ごしたため、筆者もイタリア中から訪れた中世史研究者らと史料や研究方法などについて深く話をすることができ、充実した4日間となった(写真6)。セミナー終了後には全奨学生に修了証明書が授与された。

史料調査に関しては、今月は再びボローニャのアルキジンナージオ図書館Biblioteca comunale dell’Archiginnasioなどで中世後期の説教術書など、説教に関連する史料を調査した。また引き続き、ボローニャ大学の大学図書館、イタリア学科図書館、歴史学科図書館で、中世説教に関する先行研究や刊行史料の文献複写をおこなった。


写真6
2013/10/25 16:00