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頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム~EU枠内外におけるトランスローカルな都市ネットワークに基づく合同生活圏の再構築

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月度報告書(2014年1月度)中條健志

中條健志

一時帰国期間を経て、12月22日よりふたたび本プログラムのもとで研究活動を開始した。

この間の活動成果報告としては、おもに次の2つを挙げることができる。まず、10月19日に国立ソウル大でおこなわれた韓国フランス語フランス文学教育学会・日本フランス語教育学会共催の国際学会(Colloque international conjoint 2013 SCELLF-SJDF)における研究発表である。そこでは、Mémorisation de l'« immigration » en France - Analyse critique du discours sur la fondation de la Cité nationale de l'histoire de l'immigration(「フランスにおける『移民』の記憶化――国立移民歴史館設立をめぐる批判的談話分析」)をタイトルとして報告をおこない、国立移民歴史館が創設されるまでに公刊された報告書の分析をもとに、関係者(市民団体代表者、研究者、政治家)がフランス近現代史における移民現象をどのように位置づけているのか、また、国立の施設として、そこにどのような政治的目的が付与されているのかを明らかにした。11月末には、この報告をまとめたものを日本フランス語教育学会の学会誌Revue japonaise de didactique du français に論文として投稿した。

到着した時期はクリスマス・シーズンである一方で(写真1、2)、2013年12月は、「ブールの行進」とよばれる、マルセイユを出発したレイシズムに反対する全国的なデモ行進がパリに到着した日(12月3日)から30年にあたることもあり、関連する多くの催しがおこなわれた。ちなみに、ブール(beur)とは「アラブ」という語の音節を逆転させた言葉で、とりわけマグレブ諸国に出自をもつ移民の若者たちが、アイデンティティ表出の一手段として、当時頻繁に用いていたものである。


写真1


写真2

たとえば、1月9日には、南郊のアルクイユ市において、市民団体CACIED(反極右思想アクション)が主催する映画上映会に参加し、「ブールの行進」後の反レイシズム運動の高まりと極右勢力の台頭を追ったDouce France, la saga du mouvement « beur » (1993)(『うまし国フランス、「ブール」の物語』)を鑑賞した(写真3)。上映後には、行進参加者との討論会がおこなわれ、今日においてこの問題をふたたび議論することの意味、とりわけそれにかかわる市民団体の立場、そしてその社会的背景について触れることができた。


写真3

また、アルクイユ市の市民講座(université populaire = 人民大学)の今月のテーマが「移民」だったこと、また、講師が仏移民史の泰斗である歴史学者のジェラール・ノワリエル氏(フランス国立社会科学高等研究院教授、以下EHESS)だったこともあり、同市での催しにはほかにもいくつか参加した。1月13日には、同氏が原作を著した、フランス初の「黒人道化師」といわれているショコラ(1868-1917)の生涯を描いた劇作品の鑑賞会とレクチャーに(写真4)、1月20日には、ノワリエル氏と社会学者のステファヌ・ボー氏(高等師範学校教授)との公開ディスカッション(テーマ:「フランス人はレイシストか?」)に参加した(写真5)。仏移民研究の代表的な存在である両者の議論を聞くことができたのは大変貴重な機会であったし(ノワリエル氏には、個人的にインタビューすることもできた)、同時に、こうした催しに参加する市民らと意見交換できたこともまた得難い経験だったといえる。


写真4


写真5

市民講座の枠内ではないが、1月18日には、極右政党「国民戦線」の勢力拡大に抗するデモ行進に参加した(写真6)。こうした催しは、市民団体の代表者だけでなく、一般市民、政治家、研究者との交流(資料収集と意見交換)の場でもある。


写真6

この他の主な参加行事としては、1月13日にパリ第7大でおこなわれたゼミナール(テーマ:レイシズム、反ユダヤ主義、イスラモフォビア)の聴講(写真7)、および、1月21日に国立移民歴史館でおこなわれた講演会(テーマ:ヨーロッパ史におけるムスリム――地中海を再考する(15世紀-1820)――)への参加(写真8)がある。ゼミナールでは、それぞれ「19世紀末~20世紀初頭における集合表象の人種化」と「イスラモフォビアの概念化の歴史」をテーマとした2人の若手研究者の発表を聞き、同じく出席していた若手研究者らと意見交換する機会を得た。また、移民歴史館でのジョスリン・ダクリア氏とベルナール・ヴァンサン氏(いずれもEHESS教授)による講演会は大変興味深いものであった。それは、近世ヨーロッパ社会において重要な社会的地位を占め、その後の革命や啓蒙の精神にも大きな影響を与えたムスリムがなぜ近代以降「見えない存在」(invisibilité)となってしまったのかという問題を、自国の文明を普遍化し正当化する植民地主義の影響という観点から分析するもので、近世における移民史が、今日におけるイスラモフォビアの問題と接続すべき議論であることを認識することができた。
受け入れ先機関(EHESS)の担当教員であるポーガム教授とは、翻訳作業および大阪市大との交流協定にかんして適宜指導・アドヴァイスを受けた。


写真7


写真8
2014/03/03 16:00