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月度報告書(2014年5月度)有田豊

有田豊


今月より11ヵ月間,報告者はボローニャ大学の歴史・人間・文化学科にて「イタリア国内外におけるヴァルド派の歴史的記憶に関する調査活動と研究者間交流」をテーマとした研究活動を進めていく.研究対象とするヴァルド派I Valdesiは,13世紀にカトリック教会より「異端」と宣告された民衆による説教集団であり,度重なる迫害を蒙りつつも瓦解することなく,今日に至るまで強固なアイデンティティを保持している.現代のイタリア国内で活動するプロテスタントの中で最も古い歴史を持つ彼らが,1848年のイタリア統一運動Risorgimento以降,いかに自らの過去と向き合い,一宗派としてのまとまりを維持してきたのかを調査することが,今回の派遣における主な目的である.

初めて降り立ったボローニャの印象は「土の匂いがする街」だった.「赤い都市」La Rossaといわれるボローニャの中心部には煉瓦造りの建造物が多く,古都の雰囲気が感じられる.街の歴史を紐解くと,紀元前4世紀にガリア地方から北イタリアに侵入してきたボイイ族によって形成された集落に端を発するという.後年,ローマ人がそれをボノニアBononiaと呼んだことが,現在のボローニャBolognaの名に結びついているのだ.地元の人から「ボローニャ方言は,どこかフランス語に似ている」という話を耳にしたとき,ボイイ族の出自がガリア地方であったことが頭をよぎったが,当時の彼らの使用言語にボローニャ方言の由来を求めることは難しいだろう.ただ,「栓抜き」を現代の共通イタリア語でApribottiglie [アプリボッティーリエ]というのに対し,ボローニャ方言ではTirabursàn [ティラブルサン]ということを知ったときには,ついフランス語のTire-bouchon [ティル ブション]との関係を気にせずにはいられなかった.なるほど,確かに似ているかもしれない.

【5月1日(メーデー)の市庁舎】



到着から数日後,受入教員になって下さったマリア・ジュゼッピーナ・ムッツァレッリMaria Giuseppina Muzzarelli教授の元へ挨拶に伺った.教授の専門分野は中世史であり,本プロジェクトにおける報告者の研究テーマとは,時代が大きく異なる.それでもヴァルド派が中世来の集団であることから,何か助力が必要な時には遠慮なく申し出るよう仰って下さった.なお,実際に研究指導して下さるウンベルト・マッツォーネUmberto Mazzone教授とは今月中に面会の目途が立たず,翌月に会うことになっている.ほどなく先発の派遣メンバーである中谷良氏,原田亜希子氏とも合流し,街の地理や図書館の利用方法などに関する情報を提供していただいたことで,スムーズに研究活動に取り掛かることができた.両氏とは各種情報を共有すると共に,週に一度の割合で顔を合わせ,各自の研究状況を報告する自主勉強会を実施している.今夏には日本からいらっしゃる大黒俊二教授も交えての小規模な研究発表会を開催予定であり,報告者にとっては派遣期間における中間報告の場となるため,まとまった成果を出せるよう研鑽を積んでいきたい.

【派遣メンバーによる自主勉強会の様子】

 

研究活動として,今月はボローニャ大学内の各図書館Ateneoをはじめ,ボローニャ市立のアルキジンナージオ図書館Biblioteca comunale dell’Archiginnasio,キリスト教関係の文献が豊富なジュゼッペ・ドッセッティ図書館Biblioteca Giuseppe Dossetti,19世紀以降のイタリア政治史関係の文献が揃うフェルッチョ・パッリ研究所図書館Biblioteca dell’Istituto Ferruccio Parriを訪ね歩き,近現代のヴァルド派史やイタリア国内のプロテスタントおよびエキュメニカル運動に関する先行研究を蒐集した.ヴァルド派の史料状況について述べておくと,カトリック教会の色が濃いイタリア国内の文書館/図書館では,中世ヴァルド派の手による写本史料は確認されていない.18世紀まで同教会からの迫害を受け続けていた彼らは,中世来の翻訳聖書や説教集などの写本が焚書にされないよう,多くをスイス,イングランド,アイルランドといった近隣のプロテスタント諸国に分散させて保管してきたからである.しかし,統一運動後はイタリアが活動の中心地となったため,19世紀以降の彼らの動向についてはイタリアが最も豊富に史料を有し,かつ多くの研究文献を産出している国なのである.

【ジュゼッペ・ドッセッティ図書館, ヴァルド派関連の文献も多い】


 
上で「カトリック教会の色が濃いイタリア」と述べたが,20世紀以降のエキュメニカル運動の流れを汲み,同国内で活動するプロテスタント諸宗派の数は増加傾向にある.にもかかわらず,その事実はあまり知られていないようで,イタリア人の間ですら「イタリアはカトリック教国」という意識が未だ根強いらしい.しかし,ひとたび街を歩けばプロテスタントの教会に出会う機会は珍しくなく,教会が市民向けに語学講座を無料で提供していたり,イタリア放送協会のチャンネルの一つライ・ドゥエRai 2 で『プロテスタンテージモ』Protestantesimoなる番組が放送されていたりと,人々の生活の中にプロテスタントの空気は溶け込んでいるように思われる.ヴァルド派も同様,FM放送局ラディオ・ベックヴィス・エヴァンジェリカRadio Beckwith Evangelica(1984年設立)や,週刊新聞ラ・リフォルマLa Riforma(1848年創刊)を通して教会関連情報を配信しており,メディア上での活動も顕著である.もちろん独自のメディアだけでなく,イタリア最大の発行部数を誇る日刊新聞ラ・レプッブリカLa Repubblicaでもその名を目にする機会は決して少なくないため,同国内におけるヴァルド派は比較的認知度の高い宗派の一つと考えていいだろう.

【週刊ラ・リフォルマ(2014年5月30日号)】


 
ボローニャ市内に留まらず,月末にはフィレンツェに足を運び,ヴァルド派福音教会Chiesa Evangelica Valdeseが運営する出版社クラウディアーナClaudiana(1855年設立)の直営店を訪れたことで,研究書を入手したり,最新の出版情報を得ることができた.さらに同地でヴァルド派共同体センターCentro Comunitario Valdeseを訪問した際には,偶然にもフィレンツェの教区牧師パウエル・ガジェウスキーPawel Gajewski氏と会って話をする機会に恵まれた.ローマのヴァルド派神学校Facoltà Valdese di Teologiaで学んだガジェウスキー氏は牧師であると同時に研究者でもあり,報告者はヴァルド派の教会概念について書かれた氏の論文に目を通したことがある.そのことを伝えると満足そうに目を細め,報告者の研究テーマに関する有益な文献を提供して下さった.センター内にはヴァルド派をはじめとしたキリスト教福音主義に関する文献を集めた資料室があり,いつでも勉強しにきていいと仰っていただけたことは大変僥倖だった.ボローニャからフィレンツェまでは,イタリアの高速鉄道フレッチャロッサFrecciarossa(「赤い矢」の意)を利用すれば30分ほどで移動できる.次はフィレンツェのヴァルド派教会で毎週日曜日に行われているミサに出向くつもりである.

【クラウディーナ書店(フィレンツェ支店)】



【ヴァルド派共同体センター資料室】 
2014/06/27 15:00