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月度報告書(2014年6月度)有田豊

有田豊


今月は,先月に引き続きボローニャ大学の各図書館およびジュゼッペ・ドッセッティ図書館で文献蒐集を行ったほか,自身の研究に関連する催しへの参加や,フランスでの研究調査を併せて実施した.

今回,報告者が参加した研究関連の催しは,6月2日(月)にボローニャ郊外で行われた“HAPPENINGIOVANILE”である.福音主義系プロテスタントの企画で,「イタリア福音青年同盟」Federazione Giovanile Evangelica in Italia(1969年創設,以下FGEI)なる団体が主催している.FGEIは,イタリアのヴァルド派福音教会のほか,メソディスト福音教会Chiesa Evangelica Metodista,バプテスト福音教会Chiesa Evangelica Battistaの計三教会から集った若手信者たちで運営されており,報告者は団体の機関誌Gioventù Evangelicaには何度か目を通したことがあるが,イベントに参加するのはこれが初めてだった.

【HAPPENINGIOVANILE全体会場】

 
HAPPENINGIOVANILEは,「全体礼拝」と「分科会兼交流会」の二部で構成されていた.午前の全体礼拝では,祈りや説教,信仰告白などが行われ,合間に讃美歌を斉唱していく.会場で主に使用される言語はイタリア語と英語だったが,イタリア国外からの参加者による信仰告白や讃美歌では,ドイツ語,フランス語,スペイン語も使用された.午後の分科会兼交流会で,報告者は“Evangelizzazione”(福音伝道)というものに参加した.このタームから連想されるものを挙げ,なぜそう思うのかを説くのである.lodare Dio(神を崇拝する),testimoniare(表す),interazione(相互作用)などなど,様々な言葉が挙がっていき,代表者がそれを大型の用紙に書いていく.こうして完成した図は,後に全体会場で披露された.

当イベントにはヴァルド派信者も多く参加しており,その内の幾人かと会話する機会を得た.中でも,トリノ大学で学位を取得し,現在も研究活動をしつつ,トリノのヴァルド派教会で見習い説教師をしているという若手女性研究者との出会いは非常に幸運だった.今年9月に開催されるヴァルド派研究協会Società di Studi Valdesiのシンポジウムで研究報告をするそうなので,ぜひ彼女の研究成果を聞きに行きたいと考えている.

6月10日(火)から20日(金)にかけてはフランスに赴き,前半はリュブロン山地,後半はリヨンに滞在して,それぞれ研究調査および資料蒐集を行った.

リュブロンLuberonは,15世紀末から16世紀初頭にかけてヴァルド派信者が住み着いた南仏プロヴァンスの山岳地帯である.15世紀半ば,この辺り一帯は百年戦争やペストなどの影響で人口が激減しており,田畑や村落は荒れ果て,不毛の地と化していた.そのため,プロヴァンス伯はピエモンテ地方から約6,000人のヴァルド派を移住させ,農業に従事させることで,領地の再興を目指したのである.しかし,フランス国王・フランソワ1世François 1erの命により,1545年4月15日から22日にかけてリュベロンのヴァルド派信者の大虐殺が行われたため,南仏のヴァルド派コミュニティはほぼ完全に壊滅した.今では城塞や集落跡に当時の面影が残るのみだが,リュブロンの歴史とヴァルド派の研究協会Association d’Études Vaudoises et Historiques du Luberonなる団体(1977年創設,以下AEVHL)が,その歴史的記憶を現在に再構築する活動を精力的に行っている.

【現在のリュブロン山地のプロテスタント教会分布図】

(Image Source : http://etudesvaudoises.voila.net/)

今回,報告者はAEVHLの全面協力の下,5日間にわたってリュブロンのヴァルド派の記憶を拾って歩いた.当該団体とは日本にいた頃からメールで連絡を取り合っており,自身の研究テーマと現地での希望調査内容を予め知らせておいたところ,スタッフの方々が報告者のための研究調査プログラムを特別に企画して下さっていた.ヴァルド派所縁の地および周辺のプロテスタント教会への案内,団体の最高責任者および教会牧師を交えての研究会開催,メランドールMérindolにあるAEVHLの本部ラ・ミューズLa Museへ自由に出入りできる鍵の提供など,至れり尽くせりの内容である.プログラムの流れとしては,午前中にラ・ミューズで研究会や資料蒐集を行い,午後は各日ルールマランLourmalin,ラ・ロック・ダンテロンLa Roque d’Anthéron,キャブリエール・デーグCabrière d’Aigueなど近郊の村落にある教会や史跡を訪問した.

研究会の席では,AEVHLの現・最高責任者フランソワ・ヴォンスリウスFrançois Wencelius氏をはじめ,会報誌La Valmasque編集担当者ジャン=ジャック・ディアスJean-Jacques Dias氏,元・プロテスタント教会牧師ホルスト・ドイカーHorst Deuker氏らと議論する機会を得た.報告者が研究する「ヴァルド派の集団意識」について改めて説明すると揃って興味を持って下さり,博士論文を謹呈するとすぐに文書館の文献リストに加えて下さった上,要旨をLa Valmasqueに投稿してみてはと薦められた.

【AEVHLの本部ラ・ミューズLa Muse:1階が博物館,2階が図書館になっている】


【ラ・ミューズでの研究会の様子】
 

ラ・ミューズのすぐ裏手の山には,彼らがメモリアルMémorialと呼ぶ史跡がある.かつてヴァルド派信者たちが居住していた区域らしく,1545年の虐殺事件によって蹂躙されたものの,当時の建物が廃墟として残っているという.ヴォンスリウス氏に先導されながら報告者も登頂を試みた.木々が生い茂り,大きな石の転がる道は歩きにくかったが,何とか山頂まで到達すると,地中海方面へと広がるデュランス平野を一望することができた.眼下のメランドールからは,時を告げる鐘の音も聞こえてくる.今でこそ閑静な様相を呈しているが,約500年前,自分の立っている場所は凄惨な殺戮の舞台だった.その事実を示すかのように,山頂に据えられた石碑にはEN MEMOIRE DES VAUDOIS DE PROVENCE, MORTS POUR LEUR FOI(その信仰のために死した,プロヴァンスのヴァルド派を偲んで)という一言が刻まれていた.

【メモリアルMémorialからの眺め:
眼下にメランドールの村が広がり,遠方に見える山を越えるとエクサンプロヴァンスAix-en-Provenceに辿りつく】

 
【ヴァルド派集落跡Vieux Mérindol:保存状態の良い家屋は別荘として利用されている】


リュブロンには10堂のプロテスタント教会がある.どれも近代以降にフランス改革派教会Église réformée de Franceが建造したものだが,現在はフランス・プロテスタント統一教会Église Protestante Unie de Franceが使用している.今回の調査プログラムでは,AEVHLのスタッフの方々に案内される形で6堂の教会を訪問した.そして,いずれの教会にも「ヴァルド派の意識」を見て取ることができた.

注目したのは,各教会に掲げられたヴァルド派のシンボルLVX LVCET IN TENEBRIS(羅:闇の中で光は輝く)である.聖書の上に置かれた蝋燭の周りに7つの星が配置されたデザインは,ヴァルド派がヨハネ黙示録(第1章16節)に記されている7つの星のごとき「福音の光」をもたらす燭台のような存在であることを表している.リュブロンのプロテスタント各教会の入口に掲示されたフランス改革派教会の歴史解説パネルには,村章,フランスのプロテスタントを示すユグノークロスLa Croix huguenoteと共に,このシンボルが必ず描かれていた.この解説パネルのみならず,ラ・ロック・ダンテロンの教会内部の柱や,キャブリエール・デーグの教会外壁などにも,同様のシンボルを見てとることができた.これらは,改革派教会あるいはプロテスタント統一教会の中にありながらも,ヴァルド派信者たちが依然として「自分たちはヴァルド派である」という意識を保持している何よりの証拠になるだろう.

【ルールマランLourmalinのプロテスタント教会入口のパネル:
年表左側,村章の上にヴァルド派のシンボルが描かれている】
 

【ラ・ロック・ダンテロンLa Roque d’Anthéronのプロテスタント教会内部の柱に掲げられたヴァルド派のシンボル】
 

【キャブリエール・デーグCabrière d’Aigueのプロテスタント教会外壁にあるヴァルド派のシンボル:
APRES LES TENEBRES, LA LUMIERE(仏:闇の先には,光が)と刻まれたプレートに,
当地におけるヴァルド派の移住日(1495/03/10),虐殺日(1545/04/16),教会再建日(1995/04/29)が併記されている】
 

研究調査後半に訪れたリヨンLyonでは,ユニテ・クレティエンヌUnité Chrétienne(仏:キリスト教徒の一致)なる団体に協力を依頼し,図書館や宗教関連の専門書店にてフランスのプロテスタントおよびエキュメニカル運動の歴史に関する資料蒐集を行った.ユニテ・クレティエンヌは,カトリック系の宗教組織であり,その名が示すようにヨハネ福音書の一節「父よ,それは,あなたがわたしたちのうちにおられ,わたしがあなたのうちにいるように,みんなの者が一つとなるためであります」(第17章21節)を理念として,エキュメニカル運動に関する研究を行っている.団体の本部には関連資料を収めた図書館も併設されているため,司書の方に助言を仰ぎながら,自身の研究に役立ちそうな研究書や論文の複写を行った.加えて,司書の方に譲っていただいたフランスにおけるエキュメニカル運動参加宗派の各種データ資料は,カトリック教会側から見たプロテスタント諸宗派の姿を把握するのに役立ちそうである.

【リヨン5区にあるユニテ・クレティエンヌUnité Chrétienne本部】
 

【ユニテ・クレティエンヌ内部の図書館】
 

ボローニャに戻ってからは,現在までの研究の進捗状況とフランスでの調査結果をまとめた報告書を作成し,指導教員であるマッツォーネ教授と,受入教員であるムッツァレッリ教授に報告した.有益な助言をいただくことができたので,それを踏まえつつ,今回の調査内容を成果として発表できるよう形にしていきたいと思う.
2014/07/24 15:00