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月度報告書(2014年9月度)有田豊

有田豊


今月は「ヴァルド派の谷」Valli Valdesi(以下「谷」)にて開催されたヴァルド派の教会会議と研究発表会に参加し、約2ヵ月に及んだ「谷」での研究生活を締めくくると共に、ボローニャに戻ってからは指導教授にその様子を報告した。

毎年8月末から9月初旬は、「谷」の人口密度が一年の間で最も高まる時期と言っても過言ではない。その理由は、上に挙げたヴァルド派の教会会議と研究発表会が開催されることで、イタリアのみならず世界中のヴァルド派関係者が、ここトッレ・ペッリーチェに集うからである。ヴァルド派の教会会議「シノド」Sinodoは、中世期から続いている彼らの慣習であり、年に一度ヴァルド派牧師全員が一同に会して、様々な議題に関する討論や行政的な決定を行う場となっている。

本年のシノドは8月24日~29日の5日間にわたって実施され、メイン会場となったカーザ・ヴァルデーゼCasa Valdeseには連日多くの人々が詰めかけていた。議場には牧師ならびに特別に入場許可を得た人物しか入れないが、議題は一般公開されており、討論の様子も中庭に設けられたパブリック・ビューのモニターで自由に見ることができるようになっている。報告者もシノドが開催された週は適宜カーザ・ヴァルデーゼに足を運び、討論を見学したり、様々なヴァルド派関係者と交流を深めるなど、貴重な機会を得ることができた。

【シノドのオープニング礼拝(8月24日)】
 

【シノドのメイン会場カーザ・ヴァルデーゼ Casa Valdese】
 

シノドの翌週、9月5日~7日にはヴァルド派研究協会 Società di Studi Valdesi(以下 SSV)の研究発表会 Convegno di studi sulla Riforma e I movimenti religiosi in Italia が、同じくトッレ・ペッリーチェで開催された。第54回を迎える今年のテーマは、第一次世界大戦100周年を記念して「1915~1918年の大戦。福音教会、戦争の経費」La Grande Guerra 1915-1918. Le Chiese evangeliche, il costo della guerra となっている。報告者は、2010年に大阪市立大学大学院文学研究科の「インターナショナルスクール若手研究者等海外派遣プログラム」によるイタリア派遣の際にSSV 会員に登録し、第50回の研究発表会に参加した経験がある。2回目の参加となる今回は、参加する旨を事前にSSV事務局に知らせておいたので、報告者にも名札と発表関連資料を用意していただくことができた。

【SSV会員に配布された名札と発表関連資料】
 

研究発表会は4部構成――①大戦に関する福音教会内の討論 Il dibattito nelle Chiese evangeliche sulla Grande Guerra、②兵士や孤児への救済活動 L’assistenza ai soldati e agli orfani、③ヴァルド派の谷と戦争の経費 Le Valli valdesi e il costo della guerra、④戦争の記憶 La memoria della guerra――で、計15名が発表する予定になっている。中でも、第3部で行われる元ヴァルド派牧師ジョルジオ・トゥルンGiorgio Tourn氏の発表「ヴァルド派の教区と戦争」Le parrocchie valdesi e la guerra には、参加者の多くが注目しているようだった。氏は、御年80歳という高齢ながら精力的に研究・執筆活動を続けていて、著書多数、ヴァルド派業界の「生き字引」と評される人物であり、報告者もヴァルド派文化センターの図書館や文書館で何度か話をする機会を得たことがある。例にもれず、自分も氏の発表には注目していたのだが、他に注目する発表が個人的に2つあった。

1つは、6月にボローニャで開催された HAPPENINGIOVANILE の会場で知り合った若手女性研究者シルヴィア・ファッキネッティ Silvia Facchinetti 氏の発表「軍事資料にみる戦争の経費」Il costo della guerra nelle fonti militari である。報告者と同世代である彼女の発表は、研究に対する問題意識(なぜこの研究をするのか)、先行研究や一次史料の分析、考察に至るまで丁寧に示されており、非常に理解し易いものだった。

もう1つは、ヴァルド派文化センターの博物館で展示品管理をしているサムエーレ・トゥルン・ボンクール Samuele Tourn Boncœur 氏の発表「弔意の儀式。領地についての記念碑と碑板」La celebrazione del lutto. Monumenti e lapidi sul territorio である。現在、報告者が注目している「谷」の場所、記憶、記念碑と関連が深く、自身の知らない記念碑やその意味を新たに知ることができたので、大変参考になる発表だった。他にも様々な発表を聞くことができた上、懇親会の場では、トリノ大学で「谷」の方言について研究している教授やローマ・サピエンツァ大学でメソディスト教会について研究している博士課程の学生さんと知り合う機会にも恵まれ、非常に充実した3日間になったように思う。

【発表会会場:シノドの議場 Aula Sinodale を利用している】
 

【ボローニャで出会った友人シルヴィアの発表:「軍事資料にみる戦争の経費」Il costo della guerra nelle fonti militari】
 

発表会の翌日、9月8日の午後に「谷」で借りていたアパルタメントを完全に引き払い、同日夜にはボローニャの自宅へ戻ってきた。そして、「谷」を発つ前に SSV から素敵な贈り物をいただいた。大阪市立大学への寄贈図書である。かねてより報告者は「日本国内の図書館には、ヴァルド派関連の蔵書が極めて少ない」という状況を司書のマルコ・フラティーニ氏に話していたのだが、その状況を知った彼が口添えをしてくれたことで、SSV が余剰分として保管している出版物のいくつかを、報告者が所属する大阪市立大学の図書館に無料で提供していただけることになったのである。そのため、「谷」を発つ少し前からヴァルド派文化センターの地下倉庫でSSV のスタッフと共に発送準備を行い、ボローニャへ戻る当日の朝にトッレ・ペッリーチェの郵便局から日本に向けて寄贈本を発送してきた。2週間後、無事に大阪市立大学へと届いた寄贈本は、近いうち同学図書館の学術情報総合センターで閲覧できるようになる予定である。

今回、ヴァルド派と日本の研究機関(大阪市立大学)との間にできた「つながり」は本邦初のものと予想され、寄贈された図書も国内に蔵書がない貴重なものばかりだった。このつながりは、大阪市立大学のみならず、きっと日本のキリスト教や歴史研究の発展にも大きく寄与するに違いない。そのため、今後も報告者が仲介役となって、ヴァルド派と日本の研究機関との相互交流を絶やさないようにしたいと考えている。 

7月から続けているヴァルド派のテンピオ訪問であるが,今月はトッレ・ペッリーチェからボローニャに戻る道すがら、ピネローロ Pinerolo とトリノ Torino にあるテンピオに足を運んだ。ピネローロの方は偶然その場にいたヴァルド派信者の友人の計らいによって特別に中に入れてもらうことができたものの、あいにくトリノの方には入ることが叶わなかった。代わりにトリノでは、サヴォイア王宮前のカステッロ広場 Piazza Castello に設置されている、16世紀のヴァルド派牧師ジョフロワ・ヴァラーリア Geoffroy Varaglia 焚刑の地の碑板を見に行ってきた。

【ピネローロPineroloのヴァルド派教会(1860年建造)】
 

【トリノTorinoのヴァルド派教会(1853年建造)】
 

【サヴォイア王宮前のカステッロ広場 Piazza Castello にある
ジョフロワ・ヴァラーリアGeoffroy Varaglia (1507-1558) の焚刑地を示す碑板】
 

ボローニャに戻るとすぐ、「谷」での研究成果を報告すべく、ムッツァレッリ教授ならびにマッツォーネ教授の研究室に足を運んだ。事前にメールで送付しておいた報告書に目を通して下さった両教授からは「Benissimo !」(頑張りましたね!)との言葉をいただき、来月のドイツでの発表は持ち時間に収めるべく報告書の内容を要約して行うよう指示を受けたので、その方向で準備を進めていこうと考えている。

新たな学年度が始まったということもあり、9月後半のボローニャ大学は、学生の喧騒で大いに賑わっていた。キャンパスが密集するザンボーニ通りの大学地区 Area Universitaria では9月上旬に比して学生の往来が活発になり、文学部棟の前には新入生に各種情報を提供するデスク Informazioni Matricole が設けられて、連日多くの新入生が詰めかける様子が目立った。さらに9月24日には文学部の交換留学生用ガイダンスが実施されたので、留学生関連で何か有益な情報が得られればと思い、足を運んでみることにした。授業の履修方法や試験の予約の仕方など、全体としては報告者におよそ関係のないものばかりだったが、ガイダンスの最後に紹介してもらえた外国人留学生とイタリア人学生の交流企画などは、ボローニャでの交友関係を広げる好機になりそうである。

【文学部棟前に設置された、文学部の新入生に各種情報を提供するデスク】
 

【文学部の交換留学生用ガイダンス】
 

10月28日には、いよいよドイツで頭脳循環セミナーが開催される。イタリアに来てから早5ヵ月、この間に積み重ねた研究成果を報告できるよう、残り1ヵ月で万全に準備していきたいと思う。
2014/10/20 17:00