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月度報告書(2014年9月度)犬童芙紗

犬童芙紗


先日、久しぶりにビーレフェルトのAlter Marktで開催されている週市(Wochenmarkt)をのぞいてみた。

 
写真1:Alter Marktの週市の様子(現在)

店先にはヒース(Heide)の花がたくさん並んでいた。


写真2:店先に並んでいたヒース(現在)

春にこの場所に並んでいたのは、ラッパズイセン(ドイツ語ではOsterglocke, イースターOsterの時期に咲くことに由来)やマーガレットであった。


写真3:Alter Marktの様子(春)


写真4:春の週市に並んでいた花々。一番手前の白い花がマーガレット、その奥にある黄色い花がラッパズイセンである。

同じマーケット内の別の場所に移動してみる。春には大量のチューリップで埋め尽くされていた所だ。


写真5:Alter Marktの別の場所にて(春)

 
写真6:店先に積まれている大量のチューリップ(春)

しかし、現在、その場所に、チューリップの姿は見当たらない。

 
写真7:Alter Marktの別の場所にて(現在)

その代わり、秋の花々や飾りが並んでいた。

 
写真8:こちらのカボチャは秋を彩る飾りとして利用される。


写真9:秋の収穫物に彩られたリース
 
さて、今月は、9月23日から26日にかけて、ゲッティンゲン大学で開催された「第50回ドイツ歴史家大会」(50. Deutscher Historikertag, 大会公式ページhttp://www.historikertag.de/Goettingen2014/)に参加した。「ドイツ歴史家大会」は、2年に1回、ドイツ語圏の大学で、研究者、ギムナジウムの教師、学生等、歴史学に携わる人びとが一同に介して開催される歴史学界の一大イベントである。それは、一大会あたり約3,000人が参加し、ヨーロッパ最大規模の学会の一つに数えられる。大会を主催するのは、ドイツ歴史家連盟(Verband der Historiker und Historikerinnen Deutschlands, 略称VHD)である。大会ごとにテーマが設定され、大会の運営は、そのテーマに沿って設けられたいくつものセクションごとに進められる。大学内の各会場で行われるセクションの他にも、 オプションとして、開催都市の名所や施設をガイド付きで案内してくれる短時間の見学ツアー、周辺の町や観光地への日帰り旅行等、様々なプログラムが用意される。

今年の歴史家大会については、エップレ教授を通じて知った。ビーレフェルトからICEで2時間ほどの場所にあるゲッティンゲンで開かれ、また、ドイツ歴史学界の潮流を見る良い機会になると考え、参加することに決めた。参加するにあたって、8月31日までに歴史家大会の公式ページを通じて参加登録を済ませた。その後間もなく請求書が郵送され、請求書に指定された銀行口座に参加費を振り込んだ。


写真10:ゲッティンゲンの駅にて。駅名を示すプレートの下には、「知を生み出す都市」(Stadt, die Wissen schafft)
と書かれている。ゲッティンゲンは、ドイツ有数の学問の都である。

写真11:歴史家大会のメイン会場となったゲッティンゲン大学の講堂


写真12:会場に到着したら、受付を済ませ、大会プログラム、ネームプレート、灰色のフェルト製のバッグを受け取る。

 
写真13:ネームプレート。会場では、常に首から下げて身に付けることが義務づけられた。


写真14:灰色のフェルト製バッグはなかなかしっかりとした作りであり、中には様々な出版社の出版目録が入っていた。

今年ゲッティンゲンで開催された歴史家大会の全体テーマは「勝者と敗者」(Gewinner und Verlierer)であった。特に今年は第一次世界大戦開始100周年という年であり、第一次世界大戦に関連したセクションがいくつか設けられていた。その中から、筆者はまず、ヨーロッパ各国における第一次世界大戦の捉え方をテーマとした「ヨーロッパ1914-2014」(Europa 1914-2014)に参加した。そこでは、フランス、ロシア、イギリス、ポーランド、ドイツ各国の歴史を専門とする研究者たちによって、それぞれの国の現状に関する報告が行われた。それらの報告を通じて、第一次世界大戦に対する見方は、国によってのみならず、各国内においても、地域によって、個人によっても、取り巻く環境や経験の相違によって多様性が生じる様相が浮かび上がってきた。

それから、「勝者と敗者:国際的観点から見た歴史の授業と歴史認識における1914年」(Gewinner und Verlierer: Das Jahr 1914 im Geschichtsunterricht und Geschichts-Bewusstsein aus internationaler Perspektive)にも参加した。そこでは、ドイツ、ベルギー、フランス、ポーランド、イタリア、トルコ各国を専門とする歴史研究者たちが高等学校の教科書をもとに、それぞれの国における高等学校の歴史教育の現状について報告した。

特に、オランダ語系のフラマン語地域とフランス語系のワロン語地域でそれぞれ固有の文化や制度を有するベルギーの実情、教師不足をスペイン、イタリアおよびマグレブ諸国からの移民も採用して補っているフランスの事情、ポーランドのドイツ国境地域における住民のアイデンティティ問題、クルド問題をはじめとする多民族問題を抱えるトルコの事情から、陸上で国境を接し、歴史上何度も国境線が引き直されてきたヨーロッパ諸国における政治・社会・文化をめぐる事情の複雑さ・多層性が見えた。

ビーレフェルト大学では、今年7月6日に、長年ドイツの歴史学界の第一線で活躍して来られた名誉教授のハンス-ウルリヒ・ヴェーラー氏が亡くなられた。そのヴェーラー氏が唱えた「特殊な道」(Sonderweg)論争に関するセクション「ハンス-ウルリヒ・ヴェーラーの『特殊な道テーゼ』を新たに論ずる」(Hans-Ulrich Wehlers Sonderwegsthese neu diskutiert)を設けることが、大会開催の約1ヶ月前に決まった。

このセクションでは、1970年代にヴェーラー氏と共に「ビーレフェルト学派」と呼ばれるドイツ社会史研究グループを主導した、元ビーレフェルト大学教授のユルゲン・コッカ氏、およびかつてビーレフェルト大学でヴェーラー氏の元で研鑽を積んだ研究者たちが、「特殊な道」論争の歴史学における貢献について論じた。主に、歴史を社会構造に着目して分析する視角を導入し、歴史研究に人類学や社会学といった他分野の方法論を取り入れ、新たな分析の手法を生み出した点、国際的な比較研究の可能性を切り開き、ジェンダー史や植民地主義等、他の問題にも適用できるような理論と方法論を確立した点について、言及された。


写真15:セクション会場の様子

その他、ジェンダー史に関するセクション「勝利と敗北、誤解と理解:ジェンダー史の30年―総括」(Siege und Niederlagen, Irrtümer und Erkenntnisse: 30 Jahre Geschlechter-Geschichte - Eine Bilanz)にも参加した。そこでは、Claudia Opitz-Belakhal氏やSilvia Paletschek氏ら、現在のドイツにおいてジェンダー史研究を主導する研究者たちを中心に、ドイツにおけるジェンダー史研究の現状と将来について、これまでのドイツの大学における女子教育やジェンダー史研究の歴史、歴史学部の学生、ドクトラント(Doktorand, 博士候補生)、ハビリタント(Habilitand, 大学教授資格取得志願者)、教員に占める女性の割合の推移をもとに、議論された。そこで今後のジェンダー史研究発展のために重要なこととして、ジェンダー史研究の「制度化」(Institutionalisierung)と後継者の育成が指摘された点が興味深かった。これは、ジェンダー史研究のみならず、どの研究対象や学問分野についても言えることであろう。学問全体における自身の研究の空間的・時間的位置づけについて考える必要性を実感させられた。その他、1990年代から登場した「男性史」(Männlichkeitsgeschichte)の位置づけの難しさに関しても報告された。
  
大会のオプションとしては、ゲッティンゲンの町案内や大学の施設の見学ツアーの他、近隣のカッセルやハノーファー、その他の小都市への日帰り旅行が用意されていた。筆者は、その中から、ゲッティンゲン大学図書館の歴史的建造物(Historisches Gebäude der Staats- und Universitätsbibliothek Göttingen)および歴史的天文台(Historische Sternwarte Göttingen)の見学ツアーに参加した。近代の学問知および近代科学発展の礎を肌で感じる良い機会となった。


写真16:歴史的図書館は、1734年に、かつてのドミニコ会修道院(Dominikanerklosters)を利用して建設 


写真17:歴史的図書館のホール。修道院に付属して建設された聖パウロ教会(Paulinerkirche)を改築してつくられ、
現在は講堂やイベントホールとして利用されている。ホールの両側の棚には、古い文献や史料が収容されている。

 
写真18:歴史的図書館の書庫。古い本が壁一面にぎっしりと並んでいる。
こちらは、現在、図書館スタッフ以外、立ち入ることはできない。
閲覧を希望する図書があれば、OPACで分類番号を検索し、受付で注文して、書庫から出してもらう。


写真19:ゲッティンゲン大学の中央図書館(Zentralbibliothek)はこちら。1992年建設。
ゲッティンゲン大学図書館は、ドイツ最大規模の学術図書館(wissenschaftliche Bibliothek)の一つである。


写真20:歴史的天文台。1803年から1816年にかけて建設


写真21:天文台の一室に掛けられていたカール・フリードリヒ・ガウス(Carl Friedrich Gauß, 1777-1855)の肖像画。
ガウスは、近代の数学・天文学・物理学の発展に大きく貢献した偉大な学者として知られており、1816年から1855年にかけて、この天文台の台長を務めた。


写真22:天文ドームに設置されていた天体望遠鏡

筆者の研究活動に関しては、現在、10月28日にビーレフェルト大学で開催される国際共同セミナーにおける報告に向けた準備を進めている。報告の内容としては、現在進めているハンブルク・ジングアカデミーの議事録分析の途中成果と今後の研究の展望に関するものを予定している。
2014/10/20 17:00