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月度報告書(2015年1月度)原田亜希子

原田亜希子


親族たちと厳かな雰囲気の中迎えたクリスマスとは対照的に、イタリアの年越しはお祭り騒ぎである。ボローニャでは中央広場にVecchioneと呼ばれる巨大な人形が準備され、この人形を行く年を象徴するものとして年が明けるのと同時に燃やすのが恒例となっている。さらにここ数年はチェントロにおける爆竹や花火の使用は条例で禁止されているが、毎年年明けと同時に花火や爆竹の音が鳴り響き、中央広場はカオスと化す。またイタリアのお正月に欠かせないのがレンズマメである。日本のおせち料理のように、新しい年が金運に恵まれるようにとの縁起物として、イタリアではお正月にレンズマメを食べる習慣がある。
 

レンズマメ、トマトソースで煮込むことが多い。
またたいていお正月にはザンポーネやコテキーノの付あわせとして食べることが多い。

年が明けるとすぐにローマに調査に向かった。イタリアでは三が日の習慣はないために、年が明けると同時に仕事始めとなるが、1月6日のエピファニア(ベファーナ)の祝日まで休暇をとる人も多いため、7日までは街中に観光客が多く、ヴァカンスの雰囲気が漂っていた。エピファニア(公現節)とは幼子イエスのもとに東方の三博士が訪れた日であり、西方教会では12月25日から1月6日までがイエスの降誕を祝福する期間となっている。ローマでは毎年エピファニアの日に、ヴァチカンのサンピエトロ聖堂まで、東方の三博士に扮した人をはじめ、様々な衣装を着た人たちによる行進が行われる。この行進は宗教的儀式ではなく、世俗のお祭りであるが、今年で30年の伝統を誇り、今年は行進に約1500人が参加したという。朝10時に私が到着したときにはすでにサン・タンジェロ城からサン・ピエトロ広場までを結ぶVia  delle Conciliazione通りは行進を見に来る観客であふれかえっていた。また東方の三博士の訪問は単にキリスト教的に重要な出来事としてだけではなく、西方と東方の文化の最初の交流を象徴するものでもあるとして、この日の演説では昨今の宗教的対立や文化間の危機的状況に対しても言及されたことが印象的であった。


Via delle Conciliazioneでの行進「Viva la Befana」の様子


当時の衣装を身にまとった人たちの行進が続く

またイタリアのエピファニアで忘れてはならないのがベファーナの存在である。ベファーナとはエピファニアの前夜にほうきに乗って現れる老婆であり、よい子にはプレゼントを、悪い子には墨を持ってくるといわれている。イタリア版のサンタクロースのような存在であるが、現在のイタリアの子供たちはたいていサンタクロースとベファーナの両方からプレゼントをもらうようである。そしてローマでは毎年ナヴォーナ広場にて、クリスマス市ならぬベファーナ市が開催されている。ほうきに乗った老婆の姿をかたどったベファーナの人形や、ベファーナにプレゼントを入れてもらうための靴下などが各屋台で売られており、ローマのこの時期の風物詩とも言える。私もこの時期にローマに来ることができたので楽しみにナヴォーナ広場に向かった。しかしながら広場について驚いたことに、今年はメリーゴーランドと数件の屋台が出ているだけで、いつもの屋台で賑わう市場の様子はどこにもなかった。調べてみると今年はローマの新市長マリーノ氏率いるコムーネ側と屋台の運営側との間で、市場の運営に関する規則の上での合意に到達することができず、政治的な理由により屋台の出展が中止されたという。100年以上の歴史を誇るべファーナ市が従来の形で開催されなかったことは残念であるが、商業的屋台の代わりとして、今年はローマ市によって「子供たちのためのベファーナ市」と称して新たな試みがなされた。中でも興味深かったのは、ナヴォーナ広場を飾るベルニーニの傑作「四大河の噴水」のオベリスクに映像を投影したデモンストレーションが行われたことである。街に残る歴史的芸術品を使ったデモンストレーションはまさにローマならではのなせる業であり、伝統と革新の融合の中に、歴史が行き続けている様子を目にしたような気がした。


ベファーナが悪い子に持ってくるといわれる炭の形をしたお菓子。


今年のナヴォーナ広場の様子。屋台が少なく閑散とした点は否めない。


ベルニーニ作四大河の噴水のオベリスクを使ったデモンストレーション(1)


ベルニーニ作四大河の噴水のオベリスクを使ったデモンストレーション(2)

今回のローマ滞在では主に、近世のローマ市行政に関する史料が多く残るカピトリーノ文書館にて調査を行った。カピトリーノ文書館はローマ市立文書館であり、街の中心にあるオラトリオ会の教会Chiesa Nuovaに隣接し、17世紀のバロック建築の全盛期にボッロミーニによって設計された建物の中に入っている。私がこの文書館にはじめて訪れたのは2009年であり、その当時は正面の入り口から入り、フレスコ画で飾られた歴史的ホールを閲覧室として使用していた。現在この部分は修復作業に入っているために、裏口を使用し、閲覧室も近代的な部屋に様変わりした。歴史的雰囲気を感じられなくなった点では残念ではあるが、各テーブルにライトやコンセントプラグが設置され、パソコンを使用する上で非常に便利になったといえる。文書館は平日の9時から16時まで開館され、史料は1日に3回決められた時間に請求することができる。この文書館には主に16世紀以降の都市ローマに関わる史料が保存されており、特に近代のローマ都市計画に関する史料が豊富にあることで有名である。私はここで主に都市ローマの行政活動を知るための唯一の史料であり、かついまだ体系的な研究がなされていない、都市ローマ評議会議事録を調査している。議事録は1515以降のものが保管されており、今回の調査では1515年から1600年までの議事録史料(Camera Capitolina, Cred. I, t. 14-30)を調査した。


現在のカンピドーリオ文書館の入り口


文書館の中庭。実がいっぱいになったオレンジの木の下は研究者たちの憩いの場となっている。

なお研究からは離れるが、土日の文書館がしまる日にはよく息抜きとして美術館巡りを行っている。特に2014年7月から月の第一日曜日はイタリア内のすべての国立美術館(一覧に関してはこちらのサイトを参照)が無料で鑑賞できるようになったため、第一日曜日は積極的に美術館に訪れるようにしている。今年初めの第一日曜日はローマで迎えたため、ローマにある国立美術館のなかでもPalazzo Massimo、Palazzo Corsiniを訪れた。無料のために、列ができることもあるが、すばらしい美術品を手軽に見られるまたとないチャンスである。特にPalazzo Corsiniは18世紀に教皇クレメンス12世を輩出した家系Corsini家に伝わるコレクションを、当時の展示方法を再現した形で見ることができ、ローマの貴族階級の優雅な生活がしのばれて非常に興味深かった。


Palazzo Corsini閲覧室の様子

また国立美術館ではないが、今回のローマ滞在で初めて訪れたローマ市立カピトリーニ美術館分館、Centrale Montemartiniも非常に興味深い美術館であった。そもそもカピトリーニ美術館とは、中世以降ローマの都市行政の中心地であり、ルネッサンス期にミケランジェロのプロジェクトで改築されたカンピドーリオ広場にある美術館である。コレクションは1471年に教皇シクストゥス4世が都市ローマに贈呈した4つの古代彫刻を起源としている。この教皇の行為自体、教皇と都市ローマとの関係を考える上で様々な研究者たちによって解釈されてきた非常に面白いテーマであるが、これ以降も古代ローマ人の末裔を誇る都市ローマは古代彫刻を始めコレクションを増やしてきた。実際私が今回調査を行った都市評議会議事録の中にも、都市の古代コレクションに関して頻繁に議論されていたことが確認できる。このように集められたコレクションが現在カピトリーニ美術館にて公開されており、ローマの観光地のひとつとなっている。

今回訪れた分館は、このカピトリーニ美術館に展示しきれない作品や、また1930年代以降の発掘作業で新たに出てきた古代作品を展示する場所として2005年以降新しく常設展示の場所として開館されたものである。非常に特徴的なのが、展示の場所に20世紀初頭に使用されていた発電所の跡地を改築して使用していることである。現在地下鉄B線のガルバテッラ駅近くの工業地帯に位置するこの発電所は、テベレ川や鉄道駅オスティエンセに近く、かつ都心から離れているために、もともとローマ初の公共発電所として機能していた。1960年代以降活動を停止ししていたが、1997年にこの場所で行われた展覧会を皮切りに再び脚光を浴び、このたび美術館として新たな機能を帯びることとなった。巨大なボイラーや機械を背景に展示されている古代彫刻は、斬新かつ、非常に幻想的な雰囲気をかもし出していた。


Centrale Montemartini美術館の様子


近代遺跡と古代彫刻との組み合わせが非常に幻想的である。

ボローニャに戻った後は、指導教授のMuzzarelli先生との面談で3月の発表について指導していただいた。昨年の最後の面談時に発表の構成を相談し、Muzzarelli先生の勧めで、派遣期間内にボローニャ国立文書館で調査した内容のみならず、これまでの私の研究テーマであるローマとの比較研究の試みを発表することになった。そのため年末の休みの間に準備した発表構成をもとにさらにアドバイスをいただいた。今回のローマでの調査で得た新たな情報を踏まえて、来月は具体的に発表の内容を深めていきたいと考える。
2015/04/08 12:00