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頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム~EU枠内外におけるトランスローカルな都市ネットワークに基づく合同生活圏の再構築

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月度報告書(2015年3月度)有田豊

有田豊


イタリア滞在最終月となる今月は、2人のヴァルド派研究者と面談を行った。1人はトリノ大学のルチア―ナ・ボルギ・チェドリーニ教授 Prof.ssa Luciana Borghi Cedrini、もう1人はミラノ大学のマリーナ・ベネデッティ教授 Prof.ssa Marina Benedetti である。今日のイタリアには、文献学のトリノ、史学のミラノ、神学のローマ、という3つのヴァルド派の研究拠点があるが、ローマは1月末にヴァルド派神学校を訪れているため、残る2つの拠点に足を運ぶというのが派遣地での最後の研究活動となった。

今回、トリノを訪問するにあたって報告者は、現在トリノ大学で進められている中世ヴァルド派写本校訂プロジェクトのスタッフの一人アンドレーア・ジラウド Andrea Giraudo 氏に協力を依頼、事前にメールで綿密な打ち合わせを行った上、半日かけて写本校訂の関係者を紹介してもらう流れとなった。トリノには正午少し前に到着。駅でジラウド氏と合流し、そのままトリノに本社を置くクラウディアーナ Claudiana へと向かった。クラウディアーナは、この報告書でも何度か取り上げている、1855年にヴァルド派が創設した出版社兼書店である。トッレ・ペッリーチェ、トリノ、ミラノ、フィレンツェ、ローマの5都市に支店があり、ここトリノには書店に隣接して本社が置かれている。中世ヴァルド派写本校訂プロジェクトの資金は、大学ではなくヴァルド派福音教会によって賄われており、2018年を目途に校訂を終えるのが目標で、校訂された文書に関しては後にクラウディアーナから1冊の本として出版される手筈になっているらしい。本社でお会いした社長のマヌエル・クローメル Manuel Kromer 氏は、報告者の研究に大変興味を持って下さり、今後中世ヴァルド派の写本を解読していきたいと考えている旨を話すと、ありがたいことに写本解読に役立つであろう自社発行の研究書を10冊ほど選び、無償で提供して下さった。

さらに、クラウディアーナと同じ建物に入っている新聞社ラ・リフォルマ La Riforma では、昨年報告者へのインタビュー記事を書いてくれた友人サラ・トゥルン Sara Tourn 氏が働いているため、改めて記事のお礼を言いに行ってきた。先月のトッレ・ペッリーチェ滞在時に街の人から声をかけられたように、自分の名前が少しずつ業界内で知られてきているのは、他ならぬ彼女が書いてくれた記事のおかげである。自分とヴァルド派の関係をより緊密なものにしてくれたサラには、本当に心からお礼を言いたい。そして、いつか何らかの形で、この恩義に報いることができればと考えている。

【クラウディアーナ(トリノ支店)で見つけたヴァルド派のマスコットキャラクター・ヴァルデジーナ Valdesina】


午後からは、写本校訂プロジェクトの本部トリノ大学へと移動する。そして、ジラウド氏の元・指導教授であり、プロジェクトの代表者であり、中世ヴァルド派写本分析の第一人者であるルチア―ナ・ボルギ・チェドリーニ教授を紹介してもらった。これまで何人もの学生に中世ヴァルド派写本を読ませ、校訂させ、論文を書かせ、学位を取らせているという、まさにヴァルド派文献学の権威的存在である。ここでも自身が中世ヴァルド派写本を解読していきたい旨を伝えると、ジラウド氏からの提案で、とりあえず一度読んでみようと、図らずもその場で写本読解に挑戦する流れになった。

チェドリーニ教授曰く、ヴァルド派が写本作成に用いた言語 lingua valdese に関しては、体系的な文法知識が今に伝えられているわけではないため、校訂プロジェクトのメンバーも様々な知識を動員させながら写本を読んでいるという。とはいえ、中世オック語の亜流であるヴァルド派の言語は、イタリア語とフランス語が読めるなら、少し勉強すればすぐに読めるようになるとのことだった。教授は写本読解に必要な体系的知識を最初から学生に提供しているわけではなく、まずは読ませてみて、躓くごとに知識を提供するらしい。つまり、写本を読みながら、都度読解に必要な知識を得ていくのである。それゆえ、予備知識のない報告者に対しても、いきなり読むということを求めたのだ。まだヴァルド派写本を「読める」域には到底達していない自分だが、実際に写本を前にしての読解に挑戦したところ「読めなくはない」ということは確認できた。日本に帰国してからも、自身で校訂した文書を教授宛にメールで送れば随時添削して下さるという大変ありがたい申し出を受けたので、先人の作法に則り、まずは読めなくても読む努力をしてみたいと思う。

【トリノ大学Università degli studi di Torino】


【大学内部:ボローニャ大学とは異なり、非常に近代的な作りとなっている】
 

【大学近くにあるトリノの象徴的建造物モーレ・アントネッリアーナ Mole Antonelliana:
イタリア発行の2チェンテージミ硬貨の裏面デザインにもなっている】


トリノ訪問の2日後、今度はミラノ大学で中世ヴァルド派について研究しているマリーナ・ベネデッティ教授と面談してきた。上で述べたように、ミラノ大学はヴァルド派研究の中でも「史学」の拠点であり、中世史のグラド・ジョヴァンニ・メルロ教授 Prof. Grado G Merlo や、近代史のスザンナ・ペイロネル教授 Prof.ssa. Susanna Peyronel(現・ヴァルド派研究協会会長)など、錚々たるメンバーでもって研究が進められている。ベネデッティ教授はこの両教授の指導の下で学んだ一人であり、20年前に同大学で博士号を取得、現在はカトリック教会の手による異端審問記録から中世のヴァルド派像、特に女性信者の姿を浮かび上がらせることをテーマに研究を進めている。

正午12時に面会の約束をしていたので、その少し前に到着する算段でミラノ大を訪問、あまりの広さに迷いながらも、何とかベネデッティ教授の研究室に到着できた。教授は明朗快活で、エネルギーに満ち溢れているような、とても勢いのある方だった。面談に割いていただいた40分という貴重な時間の中で教えていただいた、昨今のイタリアにおけるヴァルド派の研究事情や研究機関(大学)の連携体制などに関する情報は、個人的にとても有難かった。なぜなら、この種の情報はウェブや書物には掲載されていない上、状況は刻々と変化していくため、現地に住む業界の人に聞くほかに入手手段がないからである。トリノと同様、ここでも来年度から中世ヴァルド派の写本を読んでいきたい旨を伝えると、教授はご自身の著書 I margini dell'eresia : Indagine su un processo inquisitoriale (Oulx, 1492) (異端の境界:1492年ウルクスにおける異端審問調書に関する研究)を報告者に一冊献本して下さった。15世紀に書かれた異端審問調書の一つを校訂・翻訳し、批判的分析を加えた本書は、カトリック教会側の視点を持つという点においては、報告者の取り組む研究にもきっと役立つだろうとのこと。今年のヴァルド派研究協会の研究発表会ではベネデッティ教授も報告なさるため、「次は9月に会いましょう」と約束して研究室を後にした。同発表会ではメルロ教授も、ペイロネル教授も報告なさる予定なので、ミラノ勢を前に自身も良い発表ができるよう精進していきたいと思う。

【ミラノ大学 Università degli studi di Milano】


【大学内部:非常に広い作りで、ベネデッティ准教授の部屋に辿りつくのに苦労した】


【大学近くにあるミラノの象徴的建造物ドゥオーモ:
大聖堂の体積としてはフランスのボーヴェ大聖堂 Cathédrale Saint-Pierre de Beauvais に次ぎ、世界で2番目の大きさを誇る】


ボローニャに戻るとすぐ、この1年間お世話になった指導教授のムッツァレッリ先生の元へ、帰国前の挨拶とお礼に伺った。研究テーマや対象とする時代が異なるにも拘わらず、指導の際には常に厳しくも有益なご意見を下さったり、史学の研究会に連れていって下さったり、ヴァルド派関連の新刊研究書の情報を提供して下さったり、知り合いの研究者やヴァルド派信者を紹介して下さったりと、こまめに気遣って下さる本当に素敵な先生だった。報告者にとって、イタリアにおける最大の恩師である。9月にイタリアに戻ってくる際にはぜひ研究室にも寄るようにと仰っていただけたので、今後もこのご縁は続いていきそうである。 

【お世話になったムッツァレッリ教授と】


日本帰国後は、22日に大阪市立大学で行われた頭脳循環プログラム主催の国際シンポジウム「ヨーロッパ都市における対立、共存、排除」International Symposium : Co-existence, Conflict and Exclusion in European Urban Society にて、この1年の成果を報告した。同プログラムの総括的役割を担う本シンポジウムでは、被派遣者7名中6名が活動報告者として参加、さらにイタリアとドイツそれぞれの研究協力機関から研究者を招聘しての講演が実施された。

シンポジウムは3部構成となっており、第1部はドイツ組の報告、第2部はイタリア組の報告、第3部は被派遣者たちによるパネルディスカッションとなっている。第1-2部における活動報告として、研究内容の発表というよりは、派遣先の国でどういった研究を行ってきたのかを報告するという主旨があったため、昨年ドイツで発表した「現代のヴァルド派の谷内部で保持される集団意識」の延長線上にある研究として「谷外部で保持される集団意識」に焦点をあてた内容の Collective Consciousness of the Contemporary Waldenses なるテーマでの報告をおこなった。報告後には、先生方から有益な助言をいただくことができたので、それに留意しつつ、このテーマに関しては今後も研究を進めていきたいと思う。

6人全員が無事に報告を終え、報告後に行われたパネルディスカッションも滞りなく終了したので、これにて平成24年度~平成26年度にわたって実施された「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム:EU域内外におけるトランスローカルな都市ネットワークに基づく合同生活圏の再構築」は幕を閉じた。イタリアで築いてきた様々なヴァルド派関係者や研究者との人脈もさることながら、本プログラムを通して築くことができた「日本の若手研究者」との関係も、非常に大切なものだと感じている。大阪市立大学以外の大学に所属する若手研究者との出会いはとても貴重なものだったし、既知の市大のメンバーとは今まで以上に親密になれた気がする。プログラム自体はこれで終わってしまうが、願わくばこれからも被派遣者同士の結びつきが途絶えることなく、将来的に日本の研究業界を担っていく者として、こうして一緒に研究の道を歩んでいられればと思う。最後に、頭脳循環プログラムに携わった全ての方々に、この場を借りて篤くお礼を申し上げたい。3年間お疲れ様でした、本当にありがとうございました。

【Mitsuhiro Maeda : Business Activities of Fried. Krupp in Japan at the beginning of the 20th Century : Research and Study in Bielefeld University】


【Fusa Indo : Hamburger Singakademie and the Social Networks of the City in the Nineteenth Century】


【Yutaka Arita : Collective Consciousness of the Contemporary Waldenses】


【Yoko Kimura : The Parable of the Three Rings in Late Medieval and Early Modern Italy】
 

【Ryo Nakatani : The Conflicts between Muslims at Luceria Sarracenorum and local Christians in the reign of Charles II, King of Naples】


【Akiko Harada : The Transformation of the City Government under the Papal States : The Case of Rome and Bologna in the second half of the 16th century】

2015/04/08 12:00